電気駱駝

へたな写真、ただの日記、他愛ない覚え書きです

厚い皮を脱ぐ行為

f:id:sayonarasnkk:20190413211439j:plain

 

一昨日、中学からの親友と、夜桜を観たのち飲みにいった。ちなみにメインだった夜桜鑑賞は、お互い陽気な春の装いをしていたため夜間の冷え込みに完敗し30分ほど撤退を余儀なくした。お互いかなり馬鹿だった。

近くの鳥料理の店に入る。突き出しのおかかのポテサラ、豆腐サラダ、ガーリック枝豆炒め、チーズちくわの天ぷら、鳥塩ユッケ、竜田揚げ。飲み物はアルコール初心者なので果実酒の湯割りで攻めまくった(唇が青くなるほど寒かった、本当に!)。

 

現在、私も親友もフリーターである。そのため語り合うことといえば将来、特に近い将来どうしていくかということだ。基本ぼそぼそと、たまに勢いよくだべっていたのだけど先日はいつにも増して暗澹とした雰囲気だった。親友曰く、もうすべてのことに疲れてしまったらしい。親友は昔から生粋の八方美人だった。決して二枚舌というわけではなく、心根は誠実で、どんな人にも親身で、そして自分というものに自信がない。だから周りからどう見られているのか四六時中気になってしまって、イエスマンをずっと演じていた。それがもう限界だということだった。確かに親友の周りには、正直、ろくな人間がいないと思っている。人間関係も環境もリセットしてゼロから始めたいとそれなりに堂々と宣言するくらいには辛そうにしていた。

私は以前から、嫌な相手と無理して付き合う必要なんてない、嫌なことならそう主張してスッパリやめるべきだと口がすっぱくなるくらいに言っていた。なので親友の願望に反対意見はなかった。むしろ、大きく変わりたいのであれば、旅行や移住で物理的に無理やり距離をとってしまったほうがいいんじゃないかと伝えた。

なんだかこちらのほうが社会的優位のような口ぶりだけど全然そんなことはなく、私のほうも近ごろ、親友と似たようなことを考えている。自己改革しなければいけない。このままでは恐らく私は死ぬ。

 

かなり極端な言い回しだが最悪の場合、死ぬなと感じている。

毎日がつまらなく感じるようになった。それは周りのだれそれのせいではなく、過去の自分のせいだから余計に焦っている。

私は就職活動を夏で終えた、ろくでなしの大学4回生だった。大きな理由が「めんどくさい」、その他の理由として「ひとつの職業だけではなく色んなことがしたい」「今の正社員の旨味って全然なくない?」だった。なので早い段階でフリーターとしてしばらく生きていったっていいんじゃないかと決意を固めてしまった。

浅はかだな、と当時を振り返る。今フリーターをしていて思うことは「お金がない」「お金がないとやりたいことができないし欲しいものや必要なものが手に入りづらい」「そうなると生活がただただ平坦でつまらない」ということである。また、ルーティン化してたり上司から頼まれたことをするだけの仕事はすぐに疲労を感じてしまう。脳みその大部分を停止して手だけをちゃきちゃき動かすことのなんと虚しい。繰り返すほどに、自分が無能という枠組みへ邁進していく感覚に見舞われてたまに泣きたくなってくる。やはり、このままでは死ぬ。

 

今月は欲望の赴くまま、ぎゅうぎゅうに予定を入れてしまっているため、転職活動に本腰を入れられるのは5月からだ。そこへ向けて今は企業のリサーチなどをしているけれど、ああ、この意気込みを大学生のときに奮い起こせればよかったなとときどき自己嫌悪している。整えられた舞台で思うがまま動ける「就活生」というものがすこしうらやましく思う。まさかこんな気持ちを抱くようになろうとは過去の自分は思うまい。タイムスリップして一発ビンタ喰らわせたいな。

 

また書きます。

無題

f:id:sayonarasnkk:20190406102542j:plain

f:id:sayonarasnkk:20190406102735j:plain

f:id:sayonarasnkk:20190406103809j:plain

 
いまだにファインダーに慣れない。並行や水平を意識すると、のぞき窓から見える景色が急に歪んで見えてしまって、このままシャッターを切っていいものやらわからなくなる。それで、上がった写真を見ると意図しない構図で写っていることがままある。でもそれすらもなんだかんだ、立派な楽しい理由のひとつになるからフィルムカメラはやめられないんだなと実感する。デジタルの、写して→出来栄えを確認して→要不要を取り分ける「作業」に少なからずつまらなさを感じてしまうからだ。デジカメを全否定するつもりは全くないけれど、わたしには合わないなと思った。スマホ(携帯含む)の写真も多くは記録が優先するから好みではない。フィルムカメラの腰を据えてカメラを扱う感覚はいいな思う。

 

f:id:sayonarasnkk:20190406103733j:plain

f:id:sayonarasnkk:20190406104045j:plain

f:id:sayonarasnkk:20190406103922j:plain

Lifetime

f:id:sayonarasnkk:20190316223429j:plain

f:id:sayonarasnkk:20190317163807j:plain

 

昨日、クリスチャン・ボルタンスキーの回顧展[Lifetime]を観た。

試し撮りの現像を待つあいだに国立国際美術館で時間をつぶすことを思いついて向かったので、会期中であることも作家についても、なにもかも知らないままである。興味のわく展覧会だったらいいなと期待しながら掲示板のポスターを見てみると、まっくろな宙に黄金色に光る電球がひとつ。作家は宗教・生と死・記憶・歴史・存在と不在の痕跡というものをテーマにしている人物で、主に映像や写真を用いて作品を作っているのだと展覧会の概要にあった。すぐさまチケットを買い求める。これは、カメラで写真を撮っている人間の度肝をぐわしどわしづかみするような展覧会だと思った。

 

しかし、入り口付近ですこし顔をしかめることになった。すみずみまで暗くしつらえた会場には心音が大きく響きわたり、それとは別らしい音源からはときどき、鋭くてざらついた金切り声が咆哮のように聞こえてくる。それだけならなんてことないけれど、ショッキングだったのが作家の初映像作品だった。音はヘッドフォンで聞けるように設置されていたのでまずは軽く映像だけを見てみた。そして目視での理解もそこそこに、おもむろにヘッドフォンを耳に当てた。包帯をあごから頭のてっぺんまで重く巻き付けた男が、廃墟の通路脇で壁を背に座りこんでいる。ずっとずっと咳をしている。男はさまざまな角度から映され、唯一のぞく口元は苦しげでだらしなく、絶えず血が溢れ、たまに飛び散る。カメラがアップからゆっくり引いていくと、辺り一面が血だらけであることを思い知る。

もうこうして書くだけでも胸が悪くなるし、思い出すとうっすら怖い。作品は1969年に作られたもので映像と音声の状態がかなり悪く、それがさらに恐怖をあおってくるのだ。入り口でさっそく、視覚と聴覚で「強烈な死」を浴びせらることになった。最近さまざまなメディアで客観的に死をうつくしく、または変わった観点で捉えた作品に触れていたので、その映像作品に呆然としてしまった。本質的だなと思った。まだ死んでいないので果たして本質的なのかわからないし、苦痛を伴わない死も世の中にはあるけど、わたしは死ぬのが怖いしまだ死にたくない。専門家ではないからこのことについて事細かく何かをしゃべることはできないけど、死は平等に訪れるものなので、きっとわたしのこの感覚も間違ってはいないだろう。苦しい姿と多量の血。朽ちた外観。決して個人を特定させない格好。そこに映っている要素全てが何がしかを表し、だれかの過去であり、わたしの未来である。

 

しょっぱなから[Lifetime](人生)の終末のようなものを見せつけられたけれど、奥で待ち構えていた作品にはこういったうす気味悪さはほとんどなかった。強いて言うなら引き伸ばした古い写真はどれも目と鼻と口が潰れて、人間性はあっても個性は根こそぎ攫われたみたいだなと思った。そういった写真作品も配置や表現が興味深いものが多かったので恐怖はなく、風のない海原のしずけさみたいなものを感じられた。他にオブジェ作品も多かった。どれも材料はシンプルで、それゆえストレートで、メッセージが胸の奥にスコンと落ちてやってくる。作家の作品には電球…光がよく使われている。光と言えばポジティブな意味合いを含むが、それはあるいは、陰や闇を彫り起こすための装置なのかもしれない。あくまで想像でしかないけれど。

 

わたしが回顧展でいちばん気に入った作品は「『アニミタス』シリーズ」だった。会場にはそのうち2点があり、青空の砂漠で撮影したものとまっ白な雪原で撮影したものである。大きなスクリーンに映し出された異なる映像たちの共通点は、無数の風鈴が地面に刺した棒の先端で風にゆられていることだ。澄んだ音色が群れをなし、ときに激しく、ずっとずっと鳴っている。そしてスクリーンの前にはそれぞれ、映像と紐づけられた物(干し草や花だったり、絹地を丸めたものだったり)が端整に敷き詰められている。

「アニミタス」についてはベンチに閲覧用の作品集があり、そこで真意を知ることができた。それをここに書くのはしたくないのでやらない。「アニミタス」は展覧会の入り口で読んだ作家のテーマが凝縮されているような作品だと思った。生と死が混在し、過去と未来が同居し、大地と空がひとところに横たわっている。そして存在が不在となるプロセスをまざまざと表した。なんでも作品の一部である風鈴は撮影後に回収しなかったらしい。その場で風化するようにしたのだ。2014年と2017年に作られたものなので恐らくもうこの世にそれらはなく、あったとしても決して同じ姿ではなく、映像だけがこの世でただひとつの証となっている。

作品集の文章で胸をうばわれた言葉がある。夜空にまたたく星がはるか遠い過去の光であるように、この映像作品もそうであると、作家が言っていた。映像の中、風鈴が奏でる天まで届くようなうつくしい音は、同時に後世にまで残る生の明滅である。

 

長居するつもりはなかったのに、気がつけばずいぶん時間が経ち、受け取り可能な時刻を大幅に過ぎて現像所に到着することになってしまった。それくらい魅力的で衝撃的な回顧展だった。なにより作家のことを知ることができてよかった。そう思ってここに書き留めておくことにしたのだけど、昨日の感動をうまい具合に言語化できていないような気がする。やっぱりこういった作業は苦手だ。

 

また書きます。